もしfacebookのいいね!ボタンが1日に1回までだったら

はたして甲子園に行くことはできるだろうか?
あれ?違った。

facebookのいいね!ボタンは一記事に1回まで、という制限がある。
が、どの記事に対しても、全て押すことができる。

これはどういうことか?

現実世界において、『いいね!(like!)』と言うことに当然制限はない。
ので、ソーシャルネットの世界でも当然それを制限する意味はないように思う。

人は基本的にlikeによる関係でつながる。
好き好んでhateの関係の交流を深めることはない。

よって、いいね!ボタンの存在がソーシャルネットワークの広がり、facebookの成長の心臓であることは間違いない。


しかし、やはり違うなあ、と思うことがある。
facebookではむやみやたらと『いいね!』を連発することができるという点である。

現実世界でも八方美人的にいいね!いいね!ということはできるだろうと思う。
けれども、それでも一日に数件~数十件ぐらいしかいいね!って言える機会はないはずだ。

例えば、とある記事に対してfacebookでは、読みもしなくても1秒以内でいいね!って言える。
でも、現実世界ならば、その記事を読み、紹介したい誰かに向かって『この記事にはこんなことが書かれてて、これこれこういうところがいいね!』と、そこまでがいいね!行為である。
どうやっても結構な時間がかかる。

会話に対してならば、そんなに時間はかからない。相手が何か言うたびに『いいね!』と相槌を打つだけだ。
でも、会話全てで『いいね!いいね!』なんて八方美人とは誰も付き合いたいとは思わないだろう。


まあ、何を言いたいのかがよく分からなくなってきたけれども、いいね!ボタンの安売りがfacebookの成長を促進した反面、本当に良いものが分からなくなる危険性があるよね。ということ。

もしかしたらサクラばっかりがいいね!と言っているかもしれないし、ロクに考えもせずに脊髄反射でいいね!してるかもしれない。
それにやだこれ!的なボタンがないので、ネガティブ理論がそこに発生しにくいということもある。

幸いfacebookは匿名性が低く、いいね!乱発を防いでいるという側面はあるが、ここにもし
いいね!ボタンは一日1回まで!
とか、
やだこれ!ボタンもあります!
とかなっていたら、果たしてfacebookの会員数はどれぐらいになっていただろうか?

もしかすると1/10ぐらいになっていたかもしれない。
でも、データの信憑性は、今の2倍にはなったかもしれない。


snsにおいて、会員増とデータ信憑性はトレードオフなのだろうか。


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